2015年01月13日

文と長州とバースビジョン=その2;至誠について= 文と長州とバースビジョン=その3;志の水準について=

松陰先生の志の高さは、国(長州藩)の面目を保つ為には、我が版籍も命も要らず。というレベルに達していた、と前回書いたがそれについて突っ込んで解明してみたいと思う。ドラマでは「長州人は友との約束も守れないのか」と侮辱される事よりも無許可で旅立ち自身や家族が非を責められても構わない、家族はきっと分かってくれる、という判断からの【義】つまり【正しいと思う心がけ】だった。
が私は、表面的にはそういう理屈を並べて周囲を説得し、内実は国状を早く知り対策を立てたいという想いに駆られての事【より高次な志、国を憂う想い】ではないかと想う。
話を解説に戻し、現在に照らして例を挙げ、その2では、
→日本の自立も面目も果たせないような悪法は、政治生命はもとより我が命を捨てても構わない。
としたが文法的に読みにくい。国のメンツを保てない(日米和親条約のような不平等な)悪法は、問いただし改善すべし、すなわち国を諫めて改心させようとし、それがダメなら死を以って抗議する、という意味になる。
さしずめ現代でも、沖縄で米兵が乱暴狼藉を働いても罰せられないなど治外法権がまかり通っていたりする。不平等条約は暗然として150年経っても生き続けているとは言えまいか。戦争で負けたから、と70年のくくりで見るのではなく、むしろ明治維新前後の日本と諸外国との関係性の推移とその思想的根拠を抉り出す事が未来に通じるのだ。ゆえに、平成の現代は第二の幕末を迎えている、と言われているわけだ。

幕末の政権を握っていた徳川将軍家は、朝廷をないがしろにした、国を憂う義があっても、勇がなかった。それでも、この時期の松陰先生は、まだ幕府を信じ、縛に繋がろうとも、至誠を貫こうとしていた。が、弱腰外交の姿勢は一向にかわらず、業を煮やし、倒幕(幕府を倒し新しい連立政権を立てる)を経て、討幕(幕府を討ち果たし天朝を基に新しい国家を形成する)論へと傾斜していく。
長州一藩の一浪人である松陰先生の、しかも牢屋の中で生み出された『草莽』思想と言動を『初期転原』とし、260年続いた磐石な政権が打ち砕かれていった。そのエネルギーたるや凄まじいものがある。
ちまたでは、やれ薩長同盟が転機だった、やれ坂本龍馬がそれを演じてのけた、など倒幕は複数の藩の力や脱藩志士たちの力が連動し成し遂げられた、と言われているが、それは歴史の表に表れている側面に過ぎず、真実ではない。全ての運動の原動力に松陰先生の存在がある。
かの龍馬でさえ、先生の草莽思想をインストールしている久坂玄随に啓発されて脱藩を決意したのだ。幕末から明治にかけて全ての事象の源を辿っていくと人脈が繋がっているか否かに関わらず、先生の思想が反映されている、と考えた方が日本と言う『国の根』を解明し、現代に生かす道(日本国のバースビジョン)が見えてこよう。

吉田松陰を研究する事が、源頼朝が開いた鎌倉幕府から、幕末維新を経て、明治・大正・昭和を形成した戦争の世紀を解明し、二度と戦争を起こさない国となる道(王道・和道)を平成の今、解き明かす事になるのである。
その事を大河ドラマ『花燃ゆ』で明治を生き抜いた先生の妹と言う柔らかい目線で脚本され、明治期に戦争(軍事大国)に突入する様を見て、「兄の志した日本は、こんな形ではなかった・・」と≪天から先生がささやきかけるが如くに≫語ってくれるであろう事を期待している。
その期待が裏切られた時は、私が代わって脚本を書いて進ぜようほどに。


◆よもやま話◆
今、子供たちには、絵本を読み聞かせたあとだ。でもまだ自分で本を読んでいる。メールが終わったら外へ遊びに行くという約束で、ずっと待っている。性格はその子によってまちまちで、次男は、3分に一回、「まだぁ?早くー!」とせがんだが、4男、6歳の琉磨は、何時間でもじーっと一人で待つ。
絵本好きで、結構文章が多い物語でもしっかり聞いている。漫画の時も多いのだが・・(笑)。
やはり言葉を覚えるのは絵本が一番だ。いつの間にこんな言葉を知っているのか?とびっくりさせられる。
(ここで外へ出て、一緒にサッカーと鬼ごっこをした後、再度、PCへ向かう)
しかし賢い弟が兄をバカにする発言には困ることもある。そこで論語や実語教のお出ましだ。
実語教とは、鎌倉時代の僧が編纂したといういわば小学生の教科書。ウチでは10年前より長男の時から実語教の素読は、3歳から始めて暗唱させている。当時はネットから検索し資料を作るのに苦労したが、今では、斉藤孝氏による子供向けの絵柄がいっぱいの教材が出版されていて、便利な時代になった。
おっと今日はまだ素読させていない、「琉磨、今日まだ実語教やってないよ。(本を)持ってきて、今からやって」というとすぐさま「ウン」とうなづいて書棚から斉藤氏の教材を持ってきて、スラスラと素読を始めた。
「己より弟(おとと)には愛顧をいたし、己より兄には礼敬(れいきょう)を尽くし」だぞ。兄ちゃんを大事にしろよ、(敬えよ)との想いで。
声は張りがあって良いのだが、ぐったりとした姿勢で読むので「ほら、正座で読みなさい!」と優しく言うと直ぐに正した。がーー、(あー、またまた。正座はしているが、背中が丸くなった。)「ほら、背筋を伸ばして!立腰だよ!」と言うと、直ぐに直した。小学生に上がる前に基本姿勢を身に付けさせたい。

立腰は、素読の基本である。と同時に、姿勢は至誠に通づる。根気良く習慣にせねばなるまい。

posted by 大石 at 16:41| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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