2007年01月12日

教育現場の悲鳴から考えられる将来予測その2≪教育基本法改正に想うシリーズC≫

当ブログで、教育問題をシリーズで扱っている理由は、今、日本が「日本のバースビジョン」を見失っている、という現状があるからだ。

バースビジョンの専門家によるブログを公開した以上、バースビジョンという観点から、今日本がどうなっているのか、このままいくと、どういうことが予想されるのか、そして、その観点から見ると、問題に対してどのような対応策があるのか、大石はどう行動を取っていくのか、を明かしていくことは、必要な事と判断した。


さて、現状を、特別知りえた情報ではなく、新聞記事・ネットなど公開されているデータを取材源とし、想像力は働かせど、根拠のない直感的情報を極力排除する方針の、このシリーズ、4回目も、法令や記事から読み取る将来予測を扱っていく。

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教育の実施に関する基本(家庭教育)第10条
父母その他の保護者は、子の教育について第一義的責任を有するものであって、生活のために必要な習慣を身に付けさせるとともに、自立心を育成し、心身の調和のとれた発達を図るよう努めるものとする。

第10条2
国及び地方公共団体は、家庭教育の自主性を尊重しつつ、保護者に対する学習の機会及び情報の提供その他の家庭教育を支援するために必要な施策を講ずるよう努めなければならない。

保護者は、子の教育について第一義的責任を有する。
地方公共団体は家庭教育を支援するよう、努めなければならない。
とある。

この点が、最も注目すべきポイントだ。「国や自治体が、家庭教育にどのような支援策を講じるか」という策が、極めて大事になってくるだろう。
どのように進んでいくかによって、将来予測が全然違ってくる。

が、前回まで、ざっとデータを基に見てきた通り、起こった問題をどう処理するか、に追われて、根本解決策はあまり見当たらない。
大阪の行政は、いじめによる自殺は緊急のAランクで教育委員会で緊急会議をし、少々のトラブルならDランクで電話で校長に指示するなど、と、地震発生時のマニュアルを模して、「問題解決」を図るとか。

そうした新聞記事から見ても、問題が起こらないようにする根本解決策はありません、どうか身辺に注意して見守って上げて下さい、とさじを投げているようにも思える。

また、こういう記事もある。
「キレる児童なぜ?抑制できず、学級崩壊も 米国流の危機管理」(2005.11.28毎日)と、小学生の暴力事件が増加傾向にあるのを受け、危機管理の専門家を講師に招き、二人一組になり暴力への対処法を学ぶ先生たちの写真が掲載されていた。
米国生まれの対処法で、暴力に至る前兆段階を見逃さない危機回避の手法らしい。導入を決めた自治体や先生は、満足らしいが、年配の女性教諭は、ぽつりと一言、
「子供を見詰めていればこんな知識も必要ないはずですが」と複雑な表情だ。と取材を締めくくっている。そんな当たり前で、素朴な声すらかき消されるほど、教育現場は、殺伐としているのだろう。

インターネットで授業を受ければ、不登校児も卒業させては?という議論が起こるくらい、先生自身が、子供にまともに接する術をもたないまま、コミュニケーション断絶が起こっていると思われる。

なぜ、精神疾患で授業を続けられないほど、生徒に接することが出来ない先生が多くなってきたのか、なぜ切れる子、学校へ行きたくない子、いじめで悩む子など問題が多くなってきているのか。その事をまともに議論している政府筋・教育界代表者の記事は、ほとんどお目にかかれない。

2005年10月31日の記事には、こうある。不良品は絶対に許さない、という意味の「ゼロトレランス」という概念を教育に当てはめ、文科省では、「児童生徒問題行動プロジェクトチーム」が発足、ゼロトレランス方式の調査研究を開始した、と。問題児は、有無を言わさず、追放するという考えである。

それからまる一年経った今では、教育再生会議で、ワタミ社長の「学校に来させないのは責任放棄だ」という意見が多く、出席停止の方針は外されたものの、

「起こった問題をどう対処すべきか、という視点ばかりで、なぜ各地で頻発しているのか、という問題解析の思考がない」。

よって、私は、学校をめぐる各種トラブルや事件は、取締りによって、減少したかに見えても、それはご機嫌取りの役人の数字合わせに過ぎず、部分的には成功する校区や自治体はあるにせよ、もぐらたたきのように、別の問題を発生させながら、限りなく無秩序が広がると思う。
このままいくと、文部省主導、教育委員会経由の組織システムが崩壊するまでに信頼を失い、教育制度そのものが解体される方向にいくと予測する。(5年後確率50%)

そして、自分の身は、自分で守れ、自分たちの自治は、国を当てにせず、自分たちで行え、教育は、各校区や各校長の方針に従い、いやなら投票で代えれ、自分の子は家庭で教育しろ、国に頼るな、役人も身の保身などで忙しいんだから、となるだろう(7年以内70%)。

そうした大混乱期を3〜5年経て、理念ある国体が出来始める。その時には、世界と調和できる新しい憲法の下に、戦争のない平和な世界をどのように築くのか、どのような教育が子供たちに必要なのか、を明記した理念型教育カリキュラムが導入されているに違いない。(12年後5%)


将来予測は、今、これを読んでいる方々が、どのように生きるかに寄るので、これ以上行っても意味がないかもしれない。
しかし、原因は、何か。何が、ここまで悪循環をもたらしているのか。これだけは、はっきりとしておきたい。
それは、教育の憲法である「教育基本法」改正にある。
家庭教育を重視しているではないか。小学校に上がってからでは、遅い。との認識が既にあるのである。
父親も育児に参加しよう、との呼びかけがあるが、現実には、母親が未就学児の教育・育児を担っている場合が圧倒的に多い。
従って、今、母親教育が、急務である、と言えよう。

ある意味、国の教育政策に何ら、直接的な影響のない立場で、自分の子供を育てる権利も立場もある。自由に行えるはずなのに、画一的になってはいまいか。しつけばかり重要視されていないか。

パイロットは免許がないと、乗客を乗せる事ができない。それと同じように、将来に渡って非常に責任のある立場である母親に対して、何も指針がなく家庭に任せているのは、あまりにも心もとなく、母親としても自信がなくなるはずだ。

次回より、現状把握と、将来予測を終わり、一気に、問題の核心へと迫る。お母さん方は、くれぐれも誤解しないで欲しい。母親の責任で子供がこんなになってしまった、といっているのではなく、子供の未来を決定する要因は何か、を探っていこうとしている。いじめなどの問題が起こる温床は、どこにあるのか、ということが解明されれば、これから起こるであろう未来を変えることができる。

取り返すことが出来ない過去は、問題なのではない。これから起こる事を回避できる策があるかどうかが、肝心なのである。

posted by 大石 at 17:18| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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