2013年01月13日

ビジョンヨガと内村鑑三と日本の天職A

情報を得るために今の人たちはインターネットを使う。今では私もその恩恵に預かっている者だが、手書きの卒論を書いた大学生の頃の私は、情報は足で獲得する、という本能に満たされていた。

大学3年の春にタイへ一人旅に行った際に得たインスピレーションは、ホンモノだった。インドへの精神修養などではなく、東京でビジネスを行うべき。であるが、それは大きな使命のために行う娑婆(シャバ)でのビジネス修行に過ぎないのだと。
その感覚は確かな手ごたえがある。だがそれは、架け橋となること、何かの橋渡しを行う為のステップなのだと。その感覚を確かめるために翌年の旅に出たのだ。そうギリシャへー。ギリシャからイスタンブールへー。

私の脳裏には既に(日本の反対側のトルコへ赴き、そこから世界の文明の歴史を辿ってみよう、それしかあのインスピレーション(私の中ではオリエンタルタイムと呼んでいたが)を確かめる術はない。)という思いで一杯だった。

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西洋物質文明と東洋精神文明の中間位置にあって、
その地理的・歴史的観点から見て、日本はその橋渡し役を
果たすべきである。
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私の無意識レベルはそれを認知していたはずだが、この時点ではまだ私の表層意識には現れていない。そこで
情報を足で稼ぐ習性がいつの間にか身についていた私は、あろうことか2ヶ月で世界の文明を辿るという無謀な旅を計画したのだ。
西欧はもういい。大学一年の時、米国西海岸(ホームスティとキャンプだが)に2ヶ月弱過ごして、ちょっとばかり目立つことをしたからといって(”トップショー”と称して50人くらいのアメリカの子供たちの前でコマで綱渡りの技を演じた)、女学生が抱きついて「Ken〜!ワンダフル!」とキスをしてくる、そんなハレンチな国はもうごめんだ。私は大和撫子の方がいい。

やはり文明はアジアから生まれた。4大文明を旅しよう!とかなんとか発想して、格安チケットを購入したことを記憶している。ただエジプト文明も観ておきたいと計画したが荷物が空港の回転テーブルになくて予定が狂い断念したが。航空会社が調べている間ギリシャで足止めされたおかげでロマンスもあったので結果良しだが。高校の同級生に宿泊宿のエレベーターでばったり会うし。

何の話だったか。
そうだった、ビジョンヨガと内村鑑三と日本の天職。これを描かねばならなかった。

発想の原点は、卒論を仕上げる以前に、1860年代、実に140年前には、内村鑑三氏により明確に描かれていたのだった。『今、日本国の天職がどこにあるかを知ろうと思えばまず第一に我が国の地理学上の形状について推究しなくてはならない。』と。そう私たち子孫に訴えかけた言葉を、私は聴いたのかもしれない。ギリシャで。

どうしても東洋と西洋の境界線に立たねばならない。ボスポラス海峡を見なければならない。そう直観した私は、ロマンスとも闘いながら(あ、日本人と交差点ですれ違い挨拶したら)、ギリシャからイスタンブールへの飛行機に乗ったのだ(その西宮のお嬢様と偶然同じ飛行機で。エーゲ海を一緒に見下ろしながら。1週間も一緒に旅し・・・いや、その話はまた別便で。。)

古代文明の発祥地ギリシャーインダス文明ー日本と飛び、世界をダイジェストだが肌で感じて確かな事は、西洋文明は産業革命の英国からヨーロッパに広がると共にアメリカへ渡り日本で花開いた。
一方アジアの精神文明はその真逆の進路を辿り、主に陸路【シルクロード】を経て、トルコ巨大文化圏ーペルシャ文明ーインダス文明(この辺りまでイスラム圏の影響が強い)−黄河流域(私は中国へは上海・しんせんのみ訪問)の漢民族ー日本(仏教・儒学など思想が流れ込む)という精神文明の流れがある。

この歴史は800年周期説として故村山氏により立証されているが、そのことも知らず私は足で歴史の潮流を掴んだ。
(と同時に彼女も掴んだのだ。あ、それはまた改めて。。やはり東京と大阪では文化も違い、心を橋渡しするには幼かったということで二年で破局。)

話が支離滅裂になってきてしまったところで、内村氏に登場願おう。

『日本は東洋ならびに西洋の中間に立つものであって両洋の間に横たわる飛び石(ステップストーン)の位置にある』
・・・そう、まさにその通り!

『右手をもって欧米の文明を取り、左手をもって支那ならびに朝鮮にこれを授け渡す位置にあるようなものである。』
・・・それ、それ!それこそ日本のバースビジョンを推し量る鍵です。

『日本国は実に共和的な西洋と君主的な支那との中間に立ち、キリスト教的な米国と仏教的なアジアとの媒酌人の位置にある。』
・・・媒酌人か、鋭い表現だ。私が卒論で示した、東洋と西洋の境界線。「21世紀文明へのシナリオ」〜東洋と西洋の調和の美を求めて〜とは、宗教論ではないが、端的に言えばそういうことだ。

『我等は常に他国の文明を吸収ならびに消化しうる力においては、十分の鍛錬と経験を経たことは歴史上著名な事実であり、私が維持するように日本国は東西両洋の媒酌者たらんとするには最も適当な教育を施されている者といわざるを得ない。』
・・・さすが内村鑑三氏。私は卒論で「間の文化論」という表現で、コミュニケーションは間にある、と論述しました。間の取り方次第では要は、行間を読めるというわけです、感性で人の話を理解する能力と言うか。つまり触覚であり嗅覚です。
ビジョンヨガでは、「サイレント・ナビゲーション」として間でメッセージを伝える技法を共有している、それです。


東西両洋の仲裁人、器械的な欧米を理想的なアジアに紹介しようとし、進取的な西洋を以って保守的な東洋を開こうとする。これが日本帝国の天職と信ずる。
日本人民は東西の間に起立して左隣の西洋より文明を輸入しこれを消化し変換し改良し、我等の西隣にあるアジア諸州にこれを伝えるべきである。
・・・内村氏の預言を要約すれば、「日本は東西両文明の良い面を素直に吸収しうる世界にも稀な地理的位置と感性を持ちうる民族であるがゆえに、その仲人役を務め、両文明を融和し、東西を橋渡しし、世界に日本文明を広げるべき使命を有する。」ということでしょうか。だいぶオリジナル解釈になってしまいましたが。

内村氏の著作の訳者もこう仰っています。(ブログのURLを失念しましたので引用のみ失礼致します)
当時、国民の血税の7割を軍事費に費やしていた政府を、厳しく批判した内村氏は、「戦争は大罪悪である」。これで「個人も国家も幸せになれるはずがない」。と訴えました。不敬事件で、「愛していた国民に捨てられた」と嘆いています。
しかし何でも言う。そして文書にして出版する。このような行動をするのには、大いなる勇気がいります。しかし、この過程を後世に遺したことにより、後世の人達が、今、内村鑑三の生涯を理解することができるのです。(ここまで引用)


 日露戦争前のこの頃、国の世論も、マスコミも上げ潮を信じた真っ只中で、日本の軍事大国化と太平洋戦争への突入、そして敗戦を、見事に予言して、内村氏は人々に、強く警告しています。


日本の天職は「文明と文明の仲立ち」。


その見果てぬ思いを成就させるためにビジョンヨガが産声を上げたといっても過言ではありません。「バースビジョンを実現させる心と体の基礎作り」が理念ですから。
その担い手たるインストラクターが日本の天職の発露を促がす役立ちをしても何ら不思議ではありませんし、20年前からそれは天に定められた予定調和、言うなればビジョンヨガ団体の天命でもある、と言えるのです。(この項終わり)


posted by 大石 at 05:27| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月10日

ビジョンヨガと内村鑑三と日本の天職@

ビジョンヨガと内村鑑三と日本の天職。さて今年早々に途方もないタイトルから始まってしまった。
感覚が先で知識は後、というビジョンヨガの教育方針は私の体の中にも染み付いている。何故今私はこれをしているのだろう?という疑問は、それをし終えてから考えればいい、という習性だ。すると考える間もなく、そういう意味だったのか、と悟る。知識から自身の行動の裏付けを取るわけだ。
この繰り返しで20年やってきた。
その成果を一つ、披露してみようと思う。ビジョンヨガは、明治時代に国の行く末を案じた内村鑑三氏の見果てぬ思いを果たすために誕生したなど、20年経て初めて知った、という話です。
内村鑑三氏とは、あの名著「代表的日本人」の著者であり、JFケネディやクリントンをはじめ米国の大統領がその著作を高く評価しているのは有名な話だ。その著作の中に、「日本の天職」というものがあることを今年正月に始めて知った。いやこれは嘘ではない。お恥ずかしい限りだが、ノーチェックだった。
やはり決めると手に入る、という法則は真実であり、日本の国家論を著そうと決めたら検索にヒットしたわけだ。天がそれをやれ!と後押ししているように。その「日本の天職」の訳書には、こう書いてある。

『人各々、天の命じた職に安んじこれに従事することによって、自身も幸福を得、世もまたこれによって著大の利益を得るものである。』

まさに。まさにその通りである。天職=天の命じた職。バースビジョンに沿った生業。職業。まさにその定義通りである。それさえ見つければ、天命を実現させるスタートを切れる、というものだ。
次に、

『人々各々天職ありとすれば、国民なるものもまた一つの集合体であり相寄って人間界を組織するものであるから、宇宙に目的があるのと同じくまた一個人に天職あるのと等しく、各国民にも特別な天職があって、全地球の進歩を補うであろうと考えるのである。』

凄い。
時あたかも日露戦争勃発前夜だというのに、いやだからこそ非戦論を唱え、言論界から抹殺されようとも怯まず、このような論文を発表したのだろう。まさに武士である。彼はクリスチャンなどではない。そういう仮面を装いながら、何とかして欧米人に日本を理解させようと工面した策だったように思う(魂レベルでは、だが)とにかく筋の通った真の武士だったと確信する。

内容には解説するまでもない。その通りであろう。私もバースビジョンDr.として、この日本の未来を憂いバースビジョン国家論を草稿せんと決意した。その中にはかなりのタブーが含まれている。
だからこそ内村氏の胸中を少しは察することが出来るのだ。当時の日本は「富国強兵」「殖産興業」を国是とし、中央集権体制が強固になった時代である。正月に「山本五十六」がテレビ放映されたので観たが、メディアも国民もあのようにロシアを叩け!と熱狂していたに違いない。

そんな戦争賛成ムードの高まる中で、だ。人間には天職が有り、国民もまた一つの集合体であり(日本にも)特別な天職があって、全地球の進歩を補うであろうと論じた。世間からは宇宙人か非国民か、迫害対象だったはずだ。ごくごく近いお弟子さん筋だけは信奉しただろうが。メディアは当然無視だったのではないか。
著作の中にある、日本の天職とは何か、結論を書く前に、こうした発想を頂いたことこそ、発明と文明創造への貴重な一歩だったと賞賛したいのである。

『自国の強大のみを求めて他国の利益を顧みない国民が、永久の富強に達したのを私は歴史上いまだかつて見たことがない。そうしてもし我が日本国もその希望するところの強大に達せんと願うならば、この動かすべからざる天理に従わざるを得ない。』

この意味は、軍事大国ロシアに宣戦してしまったら、後には引けない。富国強兵の国是を即刻改めねば、勝っても負けてもこの国は滅びるまで突っ走るだろう。動かすべからざる天理に従わざるを得ない、とはそういうことだ、しかし現実は、日本の中枢部は【日本の天職を一切省みることなく】(ここ重要☆)大国に対峙する道を選んでいる。天理に従って、日本は瓦解する道を選ぶのか、という悲観めいた預言に繋がっている。

『我が日本は、人類文明の今後の進歩ならびに発達に対して為すべき業を有しないのか。
日本はまさに他国の文明を吸収し、西洋の文明の美菓に飽き足りて満足すればよいのか。
日本国の天職とは何か、日本は全世界のために何をなしうることができるか。』と自己の中に問い続けた様子がありありと浮かぶ。

今、私たちは明治国家の成立と、昭和の敗戦までの軌跡を振り返り、平成の世に同様の現状を迎えている、との認識を持つべき時代を迎えている。原発問題然り、TPP然り。教育問題然り。医療問題然り。
それらに個々に対応する前に、一度考えてみたい。

『一体日本は、何のために存在しているのか』を。

内村氏の論文にその回答を得た気がした。「バースビジョン国家論」でその答えを出したいと思う。
内村氏の「日本の天職」とは何か、その結論と解説を述べる前に、こちらをご紹介したい。
私の大学の卒論の研究テーマである。タイトルは
「21世紀文明へのシナリオ」〜東洋と西洋の調和の美を求めて〜 1885年−86年に書いたものだ。

論旨は、西洋物質文明と東洋精神文明の中間位置にあって、その地理的・歴史的観点から見て、日本はその
橋渡し役を果たすべきである。というものだった。
文学部や哲学科や、歴史学部ではない。中央大学経済学部の企業研究のゼミに所属していた。あくまで企業の観点から文明論を起こしたわけだ。

この論文がバイブルとなって、ビジョンヨガが生まれた事は、バースビジョンノートの中にちらりと触れてあるとおり。インドのヨガでもない、ましてアメリカ発のヨガなどでもない、日本人の手による古今東西の叡智を融和して枝葉をそぎ落として、発祥した地球の贈り物。それがビジョンヨガだ。
日本人には吸収して自分のものにして世界に発信する能力がある、その事を論文には様々な視点で描かれているが、ビジョンヨガこそ、その一端を示す作品である。

しかしその発想の原点は、卒論を仕上げる以前に、1860年代、実に140年前には、内村鑑三氏により明確に描かれていたのだった。
『今、日本国の天職がどこにあるかを知ろうと思えばまず第一に我が国の地理学上の形状について推究しなくてはならない。』と。
2013年正月、それはビジョンヨガの知られざるルーツに出逢う旅から始まった。まさか日露戦争勃発前夜にまでさかのぼる事になろうとは・・・。

(つづく)
VisionCreator 大石健一





posted by 大石 at 15:47| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月01日

謹賀新年☆2013☆ー年間テーマは『A10神経』ー

ご縁のある皆さま。
新年明けましておめでとうございます。

いよいよ2013年に入りました。
いよいよ、という言葉が「ホントに・・」とか「遂に・・」とか身が引き締まる思い・・などの反応の方はいらっしゃるでしょうか。それとも新たな年が始まるから気持ちを新たに過ごそう、という心境でしょうか。
各人各様の新年を迎え、一年の抱負を胸に描いていることでしょう。
久々に記事を書く2013年元旦に読んで頂くという、大変貴重なご縁を頂いた方々へ、私なりの2013年のメッセージをお届けしたいと思います。

私にとって2013年とは、証券会社勤務から脱サラし、1993年11月9日にワールドブリッジという屋号で東京は杉並区高円寺にて今の業務形態での独立を果たして、ちょうど今年で20周年目に当たる記念すべき年です。
ですので私にとって、いよいよ、とは、20年間の集大成とすべき年とせねばならない、という想いが一つ。
更には「いよいよ待ちに待った大いなる祭りの始まりだ」、との想いが一つ。この日を予見して20年前から地道に準備し、温めてきた「経済を癒す構想」を実現化させるべきスタート地点に立つのだという想いが一つ。

証券時代に巨額の資金が世界中を巡る様を見て、どうしたら戦争や過度な医療に莫大な資金が投じられることなく、大量消費社会を生み出す過剰な生産に頼ることなく世界中の人々が豊かに暮らせる世の中を作りだせるか、を考えて考えて考え抜きました。
ヨガで瞑想して空想して、浮上したひらめきを構想して企画にして計画し実行して、検証し、再試行を何度も繰り返し完成しては壊し、より精度の高いバースビジョン実現化プログラムを開発してきました。未だその構想のうちの20%も形にはできていませんが、それでもバースビジョンに目覚め、人生理念を掲げて実現化させている人たちの光源活動を見ると、目指す方向性は間違っていなかったと確信に至ります。

そして2013年は未だ世に現しきれていない20年の集大成とも言うべき構想を、世に示すべき時が来たと言う意味で、私の人生も大きな転換期に入ります。
今年、世に示す計画の20年の集大成とも言うべき構想は、論文形式で発表する予定です。小説として著す計画もありますが、文章力にも難がありまだまだ文章力を磨く必要がありますので、先ずは主旨をきちんとまとめて、日本が目指すべき国のカタチを明らかにしていきます。タイトルは、

バースビジョン国家論〜光源立国日本への道〜(仮題)

尚、2013年の年間テーマに定めた『A10神経』を軸にブログの再開を図り、コラムとしてその一部分を展開させます。

バースビジョンを目覚めさせ、光源となり、日本人として立派に人生の目的を果たすには、『A10神経』の活性化が鍵となります。いやそれ抜きに一歩も進めないでしょう。その意味も出来るだけ分かりやすく、事例を挙げながら文章を展開して行きましょう。
バースビジョンと『A10神経』。この組み合わせを解明することにより天命の発動、天職創造への道が開かれ、光源立国の基礎が出来上がるのです。

posted by 大石 at 21:14| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする