2011年01月28日

本日ライオンズクラブで講演しました

詳しくは改めて発表したいと思います。が、先ほど書き上げた記事が何故か消えてしまったので、もしかしたらまだ発表してはならない内容を書いてしまったのでしょうか。
あるドクターが「ビジョンヨガをもっと広めて欲しい。病院など潰れても構わないから、どんどん!」と言っていただきました。
その詳細な内容を書き上げて確認したら、何故かデータが消えてしまった!結構ショックです。
タッチセラピー補講では詳しくお話しますね。

posted by 大石 at 19:52| Comment(21) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月26日

覇道から和道へー日本の国体の在り方

いかにも仰々しいタイトルだが、まだ未完成の国体論を論じるに当たり、人生の最終論文である『バースビジョン国家論』を書き上げる意志を強固にするために、あえて自身の心に楔を打ち込む意味で打ち出した。まだ論理立ては出来ていず、思い付きに近い断片的内容を述べるに過ぎない。歴史を論じるにはあまりにわずかな史実を独学で学んだに過ぎない状態にも関わらず、想像力を駆使して独自の見解に導く。それは学問に対する失礼な振る舞いだと承知の上で、描くつもりである。

結論は、こうだ。
日本のあるべき姿はたとえ何十年、何百年かかろうと、一人一人の人生の目的(生まれてきた意味)に沿った人生を描き、その個の目的を支援しあう互恵的な関係性を築くことを基盤とすべきである。その互恵関係の集合体で地域社会を構成し、その地域が存在する目的に沿って、他の地域社会と互恵的な関わりをもたらす。地域と地域との互恵関係は基本的に他の国(と今では用いられているが)の地域との交流のあり方は基本的に同じである。
国境を越えた地域同士の交流・互恵関係を支援および調整するために国家は必要最小限のことをするのみである。すでにこの時点で、国境の持つ意味は無効化する。異なる役目をもつ地域が世界中に点在しているだけとなる。

人は皆生まれたときには、人生の目的を携えて生まれてくる。その記憶を思い出すことの価値に目覚め、目的を果たすために備わった才能や知恵や能力を発掘することに最大限のエネルギーを注ぐことに全ての人々が目覚めるべき時期に来ている。その価値基準に基づく道を日本人が規範となり世界中に示し始めたとき、所有という概念が消滅する。

私「の」物、私「の」お金、私「の」財産、私「の」土地、という「の」の意識が消滅する。
物理的世界における「心の外側の世界」をして私の存在意義を見出す物質文明の価値基準の重みを軽くし、「心の内側の世界」を深めることに価値基準を置くと、やがて《心の内側の世界の奥の扉》が開く。その扉がこの世に生まれてきた意義を知ることの出来る世界の入り口だ。その扉の奥は広大な意識の世界であり、所有という概念のない世界だ。と同時に自他境界線のない世界でもある。

そこで世界中の人たちと交流すれば、私の土地、私の・・・という意識が消滅し、国境もない、奪い合うこともない、奪う必要がないから戦争も起こりえない世界が実現する。
広大無限の意識の世界だが、物理的世界での交流が可能だ。それは肉体(筋肉)に刻まれた感情的ブロックを溶かし、心の世界で融和を果たせば何ら違和感もなく、異文化を理解し、対立することなく全ての人たちや民族と互恵関係を結べる。
地球に誕生した理由を思い出し、それを命がけで果たすことに生命を燃やす人が創り出す世界を、バースビジョン実現型世界と呼ぶ。この入口を通して初めて観念論・理想論ではなく、人類は覇道世界を脱却し、真に和をもってあらゆる価値観・人種の人々と総互恵関係を結び、国境もない真性平和社会を実現する。

国の制度や法律を変えたり、強いリーダーが現れたり、国際的な取り決めを行うなどはその場しのぎの対処療法にしかならず、個としてのバースビジョンの記憶を他の個としての記憶と紡ぎ合わせ、神経網の再構築を図り、バースビジョンに沿った地域社会を形成する過程で、自然とバースビジョンに沿った民族のあり方に近づいていき、やがて世界がバースビジョンを実現させるために支援しあう国が増えて、ついには地球の存在する目的を人類が思い出し、地球のバースビジョンに沿った人類の運営に乗り出す。その時初めて地球連邦などと称する組織が必要になるわけで、向こう千年間は全く必要ない。

この100年の間は、どのようにバースビジョンを記憶から安全に取り出せるか、というノウハウの開発と教育、実現化を支援する方法の研究と実践、生み出された新産業や新医療への人口の移行、及び世界への移転・普及などに力が注がれる段階であり、国家や所有という概念を緩やかに溶かして行く移行期である。覚醒社会への足取りを急ぐと、覇道互奪圏(旧資本主義社会)や所有互求圏(旧精神世界)とのトラブルで神経網が磨耗する。


この10年間は、従ってまだ日本国という概念が残っている世界を前提として、国是を上述したようなバースビジョン国家論とする世界観を共有する有志との間で、モデル地区(あるいはモデルケース)を形成する、試験段階に留まる。
それでも、かなりの人数の人々の暮らしは、本来あるべき豊かさで彩られ、そこに誕生する子供たちが次の世代を引っ張って行く光源となる道は着実に引かれることになる。大切なことは、一切の行動は自由意志によって成り立つものであり、集合体のたどり着く先のビジョンを提示し、その方向にコントロールすることをしないことである。


という具合に、結論を述べるだけで、これだけの分量になり、まだ書き足らない。どのようにその道にたどり着くのか《既に策も出来ているし一部実用化段階だが》、描くのにどれだけのページ数を割かねばならないのか、と思うと気が遠くなる。

本当は、明治から昭和の歴史のねじれを解明し、日本の舵取りを誤ったターニングポイントを述べようと思ったのだが、あらぬ方向へと入力する手が勝手に逸れて行ってしまった。
これら断片情報を編集して、いつか本にせねばならない。

posted by 大石 at 06:40| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月17日

江 〜姫たちの戦国〜@

ある女性から「お江のシーリーズもブログに書いて下さい!」とせがまれたので、そのリクエストに答えることにします。他にも出したいものがあるので、毎回ではなくスポットで2〜3回に一回程度、記事にします。

テーマは『日本女性の誇りと美意識〜決して失ってはならない地球の宝』。

貴族の時代だった平安時代は知らぬが、少なくとも戦国の世から幕末、明治を経て昭和の初期終戦までは、少なくとも日本の女性は気丈で気高かった。話は飛ぶが、記憶によれば第二次世界大戦で負けてA級戦犯として絞首刑になる夫の最後の日、おろおろとうろたえる姿を見た妻は、「立派に死んできなさい!」と一喝し、そののち自分も自決した、という逸話がある。

また、日露戦争の功労者乃木希典は明治天皇の死と同時に夫婦で殉じ(差し違えた?)、下関に乃木神社として夫婦が祭られている。幕末の志士を支えた気丈な女性たちの姿はすでに何度も書いたとおり。命を懸けて志士を守り、世直しに貢献した。

そして、今回の大河ドラマでは、年端もいかない長女茶々は、
「(3女を)殺すなら私も死にます!」と刃を首に付けつける。この場面が史実かどうかは別として(龍馬伝よりはるかに史実に近いと感心したが)、同様の気丈さがあったことは、その後秀吉の亡き後の振る舞いからして納得できる。貞操を奪われそうになったら舌をかむか、常に懐に忍ばせた短刀を手に喉を突く方法を教え込まれた武士の妻・娘。

上記のどの事例も現代では理解しがたい常軌を逸した行為だが、その精神は継承すべきかと思われる。ただ、戦後の米国主導の教育(洗脳)が、骨の髄まで染み込み、いまだに続いている事に加え、《国内においては》戦争がなく、《日本人だけは》衣食住足りて物があふれ生死に関わる事態が身に迫る場面が少ない。という環境下にあって、死生観を磨く機会がない。
従って戦国や幕末や明治の女性たちが、いかな気丈で気高い品格を持ち得たとしても、それは歴史やドラマでのことであって自身のことと照らして感じ取る感性が育まれない。

例えばバラエティ番組で、ドンキーコング?のハンバーグメニューを全部食べる女性3人がいた。苦しそうになるのにまだ食べ尽くす。まるでメス豚のようだった。ちょうど千と千尋のアニメのお母さんが豚になっていく様子に見えた。あれは、人間社会への警笛ではなかったか。飽食の時代といっては必要以上にグルメに走る。それをあおる番組。
世界で最も廃棄する残飯の多い日本。その影で何億もの子供たちが飢えで死んで行く。肉食中心の生活習慣の影では、世界の穀倉地帯が不必要に拡大し、肥料にされる穀物の生産量の増加で穀物メジャーの食糧戦略がより容易になる。日本の食料自給率がこれ以上下がると、いいように操られるだけだというのが分からないのか。学校給食の大半が何が混じっているか分からない輸入物になったとしたら、どのように子供たちの健康を維持するというのか。

母親として女性としてそうした感性も知識も持たないまま、ファミレスで輸入牛肉をばくばく食べさせドリンクバーで何杯もジュースのお代わりをしても何ら止めない姿を見ると、既に家畜化されようとしている日本人の姿を見るようだ。
物の貿易は世界統一でもいい。安く手に入る流通システムを作り、やがてタダであらゆる物資が手に入る世界に向かっていくだろう。その為に英語が話せないと入社できないグローバル企業があっても不思議ではない。

ただ食料だけは、別だ。

身土不二が万国共通の古今東西普遍的な生きる原則だ。

そうしたことを本能的に理解し、継承していく役目が女性にはあると思う。それこそ女性の品格である。お方は言った。

「女にも戦はあります。女の戦は、生きること。毎日を(精一杯)生きることにあります」。と。

それは、戦国の世に限らず、現代でも通じる美意識であろう。
肉や甘いものを食べ過ぎて太ったら、豚になる。それははしたない事。恥ずかしいこと。そうした美意識は、結局は世界の食料循環を改善することに通ずる。安くて見た目がいいものに手を出さずに、虫が食っていて近くでとれた野菜を食する、子供に与える。それが女性の品格と言うものだろう。
自分の会社の利益ばかり考えて、他者への思いやりのかける経営をしていたら、糾弾し、びしっと指摘してこそ、妻の役目、部下の役目ではないか。ボーナスが増えるから目をつぶろう、では下品というものだ。目先の利益にとらわれるそういう女性は、昔なら嫁の貰い手がなかったはずだ。

話が全くお江から離れてしまったようだ。しかし完成されたあのような気高さは、そうした日々の美徳を積み重ねて成ったものだと想像できる。日々の中で生きること。それが日本女性が忘れてはならない地球の宝に通じていく。

例えば、ビジョンヨガインストラクターの活動には数々の掟がある。その一つに「プロデビュー後、広告は原則3年間禁止。1年間は無条件で禁止」という掟がある。ホームページの制作やブログもダメ。OKの時期が来たら審査によって昇格し許可する。何故か。
一言で言えば、品格の形成による。開業して即広告などはしたない。ということだ。
分かりやすく言えば、いかに顧客を獲得するか、という発想から行動することは全て拝金主義(金儲け主義)の発想に通じる。ブログで自己表現することは良い、しかしそれは、人と会って語ればよいこと、それで共感してくれたら縁が出来、顧客や協力者が現れようというもの。

それが身土不二というものだ。

自分が開業したということは、自分の周り・行動半径圏内に必ずそれを必要としている人がいる、ということだ。その人を探す努力をせずして、日本中に網を張り顧客を求める必要などない。かえって間違った出会いを引き寄せかねない、顧客が少ないなら自分を磨き、人格を高め、技能を向上させ、引き寄せる磁力(魅力)を高めればよい。それもせず安易に広告やHPでPRするなど、はしたない《品がない》ということだ。

それを「人の行動の自由を制限する間違ったやり方だ。組織のしがらみなど取っ払うべきだ」と主張するなら、その発想こそ、未熟な民主主義を掲げて自由と平等を押し付けてきた米国の洗脳下にある、と言わねばならない。日本女性の誇りを失いかけている、とも言える。
極論すれば、高校生の娘がいるとして、母親である自分に、もしも
「お母さんは『欲しいものがあれば働いて買え』、って言ったじゃないか!援交(援助交際)してブランドバック買って何が悪いのよ!私の自由でしょ」と言われても、言い返せない。「恥を知りなさい!」と頬をひっぱたく事が出来ないだろう。(これは例えではない。実際に会った話。母親はおろおろして相談に来たという話が武士道の本に書いてあった。)


そで振り合うのも他生の縁。という。温故知新は、2011年のテーマ。

もし信長に聞きたいことを聞くのに、手紙や電話で尋ねるお江だったらドラマにならない。そういうことです。必要な情報は足で得る。会って取りに行く。天守閣へ一人向かったお江のように。

現代人はネットコミュニケーションに頼りすぎです。それも日本人の品性を損ね、情報操作しやすいよう仕組まれた覇権国の戦略です。
今こそ、日本女性が誇りと美意識を本能から回復させねばなりません。決して失ってはならない美徳を、日常の中から実践すべき時です。

posted by 大石 at 11:20| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月01日

2011年が始まりました。バースビジョン創造型社会の実現へのソフトランディングプランとは?

バースビジョン創造型社会の実現へのソフトランディングプランとは。今年2011年は、このテーマから始まります。いきなり飛ばしますよー。昨年後半は、幕末明治維新を舞台に駆け巡る志士たちの躍動をバースビジョンという観点から洞察する記事を綴りました。まだ未完成の部分は折を見て晋作の夢、と題して現代に通じるヒントを提示していきます。
そういえば、坂の上の雲を読み解き明治期にどのようにして昭和の戦争へ突き進むという屈折をもたらしてしまったのか解き明かす、と書きました。ドラマはまだ途中ですが、今のところ期待したほどこれといった題材がなかったので、シリーズで書くほどのことではなくスルーしていました。(近いうち重大な分岐点に気づいたので発表します。)

さて、バースビジョン創造型社会の実現へのソフトランディングプラン。

これを解明し世に提示すれば3万人に及ぶ自殺者も減り、あるいは大半がその必要がなくなります。幼児虐待や親子間の事件、うつ病や登校拒否、200万人に増えたニート、産業の斜陽化・不景気による大量リストラ、教育の崩壊、少子化問題、あと何でしょうか、現代日本の抱えるあらゆる諸問題を根底から解決することになるでしょう。
私の今申している解決法は、根本解決であり、対処療法ではありません。従って国にそのプランを提示したとしても、万が一つにも採用されることはありません。何故なら国(政府・自治体)というところは、対処療法の巣だからです。問題が起こってから処置を施す。病気になってから始めて治療する医療と同じです。

学力が落ちたから上げなければ、と、国際比較のデータが出揃ってからあわててゆとり教育を見直す。お役人様、ご苦労様。さぞかしデータの収集・分析に多大な労力と時間を費やしたことでしょう。日本の順位が上がって良かったですね。

小学生の体力・運動能力が低下している。危機感を募らせたのは、統計データが出てから。ご苦労様、統計課の皆様。でもですね、DS等のゲーム機器の販売台数のグラフと体力低下のグラフを重ね合わせて見ましたか?きれいに反比例になっているはずですよ。
あ、すいません。そんなデータを公表したら、たちまち通産省に叱られますよね。日本は経済大国ですから、産業の振興を妨げるデータは隠さないと。

少子化が問題となっている。子供を生みたくても妊娠しない女性が増えている。だから不妊治療を国家予算で振興しようとする動きがある。既に自治体ベースでは補助金を出すところも増えている。切実な問題ですよね。子供が出来ないというのは。辛いし夫婦の不和にもつながるデリケートな問題です。国としても年金システムの維持に支障をきたすから何としてでも少子化を防止したいところです。でもそれって、お金で解決できることなんですか?
ところで携帯電話の普及台数の推移は簡単にデータが取れますよね、その内女子小学生・中学生・高校生への普及台数は調査可能ですか?その統計データと、婦人科系のクリニックに検診に行く女性の数の推移(つまり子宮内膜症・子宮筋腫が発見された統計データ)は、恐らく数年スパンのタイムラグを経て、ほぼパラレル(正比例)の相関関係にあるはずです。加えて、生理痛等の訴えで通院する女性の生活スタイルを調査すれば、一日平均6時間以上PCのディスプレイにずっと張り付いていないと仕事にならないOLさんやオペレータ、受付などの仕事についている割合が多い、というデータが出るはずです。この統計データを分母として、不妊治療に通っている方を分子とする割合を調べたらかなりのパーセンテージに上る筈です。

ということは、
「携帯やPCの長期に渡る長時間使用は、不妊の原因の一つとして大きな要因である。」
という調査報告書を作成することは可能ではないですか?煙草の害を告知するのと同様に。

先進各国、特にヨーロッパでは、携帯電話の電磁波の影響を公的機関が研究し、リポートにしています。それらも参考資料にしながら、新聞や雑誌、テレビなどメディアで発表すれば、少子化問題への根本的解決へ光明を得ることができるのではないでしょうか。

おっと、これまたすいません、そんなことをしたら「首」になりますよね。せっかく登りつめたキャリアの階段。通産省は莫大な税収をもたらすお得意さん=IT関連企業から疎まれ、メディアは莫大な広告収入源を失いかねないから、そんな取材はお断り。医療界もレディース・クリニックは繁盛しますし、不妊治療(体外受精など含む)は非常に儲かる。長野県諏訪のある産婦人科は、正常なお産よりそちらを主に切り替え、立派なワンルームマンションを一棟建てた。全国から集まる長期治療に来る女性を手厚くもてなすために。そこの院長は「明日ゴルフだから、今日のうちに帝王切開ね」と平気で言うらしい。「妊娠してくれるよりも、不妊医療の方が儲かるなぁ」、とか言っているとかいないとか。(これは情報提供者からの推測)

第一、電磁波と不妊の因果関係を発表されたら、医薬品メーカーから圧力がかかる。今時どれだけ生理不順関係の医薬品が売れているか、厚生労働省は一度、売上金額を公表して欲しいものだ。一つ手にするということは、睡眠導入剤、精神安定剤、抗うつ剤・・と次々連鎖する麻薬のような常習性をもたらす。検診のやたらと多くなった産科から小児科〜婦人科〜心療内科〜不妊治療専門医院へ。人によってはどれだけ払わされているのだろうか。医療側は日本全体で年間どれだけ収益となっているだろう。気が遠くなるほどの額に違いない。

おっと、ごめんなさい当局様。お医者様。全てがそんなあこぎな人ばかりではないと、知っていますよ、何とかしたいと懸命に努力されている方も多くなっているでしょう。しかしここで私が言っているのは、システムの問題です。制度であり構造であり、縦割りの縄張りの中ではシステム的に問題を解決する対策は永遠に出ない、ということを申したいだけです。
上記に挙げたいくつかの事例も、問題が起こってから対処する世界であり、少子化問題一つとっても対処療法では決して解決できないことだと「私たち」は知っている。しかし当局に進言することは出来ない。人脈という意味での力がないからだ、ということは一理あるがそれは本質的問題ではない。
対処療法を常識とする世界には、根本療法は通じない、これが本質的問題である。統計データや科学的知識で裏付けを取ってから始めて対策に出る、という世界である。それでは遅いというのに。
子供が学校に行きたくない、と言い始めてから、どうして?というのでは遅いのに。それからスクールカウンセリングに通って対処療法しても苦痛が伴うのに。
会社が傾いてから対処しても、大量リストラという対処療法しか会社を救う道がない、というのに、どうしてもっと早く手を打てないのか、経営者が目先のことしか見えていないからである。

という具合に、問題が起こってから、問題を解決する対処療法の限界が、日本の現状であり世界を覆う資本主義の限界です。例えば、予防接種は免疫力を下げ、予防すべきウィルスの進入発病を促す。と言われて、そりゃそうだろうな、と思える人は、対処療法の巣から脱却し始めていると言える。
しかし、現実には、そんなはずはない、厚生省が推奨している策だから、信頼すべきではないか、と統計データや科学的知識や権威に裏付けられた情報を丸ごと信じる人が多い。それらのデータが予め
結論が用意され、研究者に向かって「君、この結論に導く回答を出したまえ」と当局から指示されたお抱え調査機関によるものだとも知らずに。
地球温暖化のニュースそのものが、日本から莫大な資金を引き出すために、覇権国により演出された嘘情報だとも知らずに踊らされてしまう日本人。

バースビジョン創造型社会の実現へのソフトランディングプラン。

それは、外部情報を必要最小限に遮断し、内部情報(一般に言う直感・本能的判断力・嗅覚)を信頼して、意思決定する能力が求めらる。
どうすれば内部情報を的確に得られるのか、という答えの前に、このプランとはどういう意味か、バースビジョン創造型社会とは何か、ソフトランディングとは何か、そうならないとどうなるのか、説明する必要があろう。専門用語の羅列では、始めてブログを見た人に失礼だ。
今年一年のブログテーマです。折を見て、じっくり丁寧にお話します。どうしても文章が多くなるので、ご了承ください。電磁波の問題を指摘しておいて、画面を読ませるのは矛盾していますね。出来ましたら、ワードに貼り付けプリントして読んでくださることを望みます。一番いいのは本に出すことですが。ブログの良いところは思い切って言いたいことを書けること。ですので多少(かなり笑)荒い文章はご了承ください。その分、後先考えないで次々公表していきます。(つづく)

posted by 大石 at 01:58| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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