2010年03月01日

竜馬伝8−9「命の値段」

今回は二話まとめて書きます。テーマは、武士道。
武士道というと、切腹や斬り合いや封建社会の象徴のような堅苦しさや現代には相容れない過去の遺産のようなイメージを持っている方もいらっしゃるでしょう。しかし真の武士道とは、人は如何にして生きるべきか、という道を追求する事であると、私は考えます。
調べれば調べるほど、肥前の葉隠れのように「武士道とは死ぬことなり」などと達観した境地から大上段に構えた思想ではなく、確かに死生観を極める道に通じますが、本来は、ごく日常の生活の中で徳を積む事にあります。ドラマから具体的に見ていきましょう。

この二話の物語から、竜馬・武市・弥太郎の三者三様の道が分かれていく様子が描かれました。その心の拠り所を武士道という点から考察します。
武士道には、五倫(5つの倫理規範)というのがあり「君(藩主)に忠・親に孝・夫婦の別・長幼の序・朋友に信」。この五倫を重んじることが武士の道であると言われました。ところがひとつを立てると一つがうまくいかない、そこを超越していくことが武士の課題でもありました。
三人にそれを当てはめてみるとしよう。
武市は、完全に君に忠、つまり日本という国家を憂い、自藩が他藩に遅れをとらないために何を為すべきか、という視点でしか自分の道を見ない、行動の規範に忠がある。桃井道場を立派にするために、窮屈な規則で縛り、藩の名誉を守るためなら、仲間に切腹を言い渡す。朋友への信頼を裏切らざるを得ない。忠義に生きる士として立派な姿勢は、強力なチームを形成しやがて土佐を動かす勢力となる。
弥太郎は、未だ芽が出ないものの獄中で商売(ビジネス)に目覚めることになる。が、その心には親に孝という姿勢は忘れない。江戸から土佐まで30日はかかるはずの道のりを、わずか15日で駆けて行く原動力は、父親の重態の知らせによるもの。せっかく手に入れた江戸での学問の道より孝行を選ぶ。なかなか出来るものではありません。それも武士の道だという事です。
そのよい例として藤田東湖という幕末の偉人がいたのですが、安政の大地震で母親を助け出そうとして家の下敷きになり死んでしまったのです。西郷隆盛をして「惜しい人物を亡くした」と言わせしめた人ですからよほどの人なのでしょうが、国家のためを想えば自分の存在が如何に大事か、という自覚から、親よりも国を取り、母親の身代わりにならずとも(母親を死なせてしまったとしても)世間は認めるでしょう。が、忠より孝を選び死んでいった。親孝行もまた武士道だと言うことです。
意外に武士道を説く偉人の中にも「孝の道」を重んじている人物が多いことを、私たちは深く認識する必要がありそうです。
さて竜馬は、というと、もうお分かりかと想いますが、一貫して「信」の人なのです。武市の唱える攘夷よりも友人を助ける人であり、家族の心配をよそに弥太郎を助ける。目の前の朋友の窮地を救うためには、忠もなく、孝もない。未だ天命に目覚める前から信に厚いという竜馬の軸は、終生変わることはありませんでした。
それ故、朋友である武市の「もう、じゃませんでくれ」との言葉は胸に刺さった。が、だからといって仲間になることは出来ない。そこまで攘夷思想に忠誠を誓うことが出来ないからです。あくまで信に生きる。その心の軸があればこそ、大政奉還を画策し、慶喜を助ける行動に出るわけです。五倫の中で信に重きを置くからこそ、国家の大義に生きる忠義の志士たちから疎まれ、孤立していくことにもなるのですが、そこはまだ先の話として、今は、竜馬の心優しい「信」の良心を感じ取っていきましょう。
ちなみに、弥太郎の「孝」の徳目は、やがて三菱大組織を形成する過程で岩崎家を重んじる強い絆で発展・継承することに繋がります。
武市の「忠」に生きる徳目は、下士でありながら土佐勤皇党の京都入りにて花開きます。何が正しい選択か、ではなく、自分にとって何を心の拠り所にして人生の岐路を選択するのか、が大事だといえるでしょう。
「忠・孝・別・序・信」。五倫の徳目をバランスよくどこかに重きを置きながら進む道。そうした視点で武士道を志すドラマの主人公たちを見るのも面白いかも知れません。
posted by 大石 at 11:15| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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